想像してみてください。他カフェ、スーパーマーケット、レストランなどの激しい競争の中で、とあるわらびもちブランドがローンチされ、シンガポールで発売から1年以内にもちブームを巻き起こすほど人気を博しました。なぜそんなことができたのでしょうか?そして、あなたのブランドはどうでしょうか?
はじめに
鎌倉わらびもちがシンガポールに上陸
2024年2月に「鎌倉わらびもち」がシンガポールに進出する前、わらびもちはすでにシンガポールで販売されていました。しかし、それは誰も話題にしないようなニッチな日本のデザートだったのです。人々の関心はむしろ、「どこで美味しい抹茶が飲めるか」や「次の流行りのタピオカは何か」ということに向いていました。
そんななか、「鎌倉わらびもち」は、飲むわらびもちという斬新で美味しい商品に加えて、消費者目線のブランディングとマーケティング戦略によって、市場と話題を一気にさらっていったのです。

鎌倉わらびもちは、主にテイクアウト・チェーンで、わらびもちとわらびもちドリンクという2つのメインメニューで構成されている。
彼らはテイクアウトドリンク市場のニーズをしっかり把握し、それに合わせて自社ブランドの立ち位置を調整しました。さらに、地元の人たちに親しみやすくするために、ブランド名を「WARABIMOCHI-KAMAKURA」に変更したのです。
また、Instagramを活用して、新商品のワクワクするようなローンチ、個別対応のオファー、他ブランドとのコラボなどで、消費者との関係を深めました。
WARABIMOCHI-KAMAKURAの初店舗は大盛況で、オープン初週末が終わっても長蛇の列が続きました。その人気に応えて、2024年のうちに合計5店舗を出店し、需要に応えています。では、そんな彼らがどうやってシンガポールの激しい飲食業界で成功を収めたのでしょうか?
なぜこの記事を読むのか?
WARABIMOCHI-KAMAKURAは、2024年のシンガポールでのわらびもちブームの火付け役となっただけではありません。彼らは、プレミアムなテイクアウトドリンクを好む消費者をしっかり見極め、その層に響くようにブランドをローカライズし、効果的なマーケティング戦略を展開しました。
この記事では、そうした成功事例と戦略だけでなく、シンガポール特有の文化や背景、成功の追い風となった要因も紹介しています。それらの知見は、これまで見落としていたポイントに気づかせてくれ、自社の進出戦略をより明確にする助けになります。
海外で自社商品を売るには、その国の消費者や市場のことを深く理解することが不可欠です。この記事を読んで、シンガポールの消費者や飲食業界への理解を深めましょう。
ターゲットとする消費者を理解する
シンガポールのわらびもち市場
鎌倉わらびもちの進出以前は、日系スーパーマーケットチェーンのドン・キホーテや一〇八抹茶茶廊のような日本のデザート専門店などがシンガポールでわらびもちを販売していました。また、ローカルの餅系スイーツとして、ムアチー(Muah Chee)と呼ばれるお菓子も人気があり、見た目や食感がわらび餅に似ていると言われています。

ムアチーは中国系の人々に昔から親しまれている伝統的なスナックで、もち米粉を使い、砕いたピーナッツやごまをまぶして食べるのが特徴です。一方で、わらび餅はわらび粉から作られ、きな粉をまぶして食べるのが定番。最近では、抹茶やチョコレートなど、現代風のアレンジも登場しています。
わらびもち
ムアチーはホーカーセンター(フードセンター)や町の商店などで気軽に買えるスイーツで、価格も手頃です。1人前はだいたい2.50〜3.00シンガポールドル程度。一方で、WARABIMOCHI-KAMAKURAのわらびもちは、最小サイズの5個入りボックスで8.90ドルと、かなり高価格帯になります。
以下の表では、2024年時点の価格をもとに、ムアチー、WARABIMOCHI-KAMAKURAのわらびもち、そして他の店舗で販売されているわらびもちの価格を比較しています。これは、鎌倉わらびもちが市場に登場した頃の実際の価格状況を反映するためです。
もちの価格(シンガポールドル) – 2024 (link) | ||||
ムアチー | ドン・キホーテ(スーパーマーケット) | WARABIMOCHI-KAMAKURA(テイクアウトストア) | Sun with Moon(日本食レストラン) | 一〇八抹茶茶廊(テイクアウトストア) |
2.50~3.00 | 5.90 | 7.90 | 7.80++ | 14.20 |
一見すると、テイクアウト専門のWARABIMOCHI-KAMAKURAの価格は、店内飲食のレストラン「Sun with Moon」とほぼ同じくらいです。なお、価格の後ろについている‘++’は、まだ加算されていない消費税(GST)とサービス料のことです。
日本では、店内で食べる場合は消費税が合計の10%かかり、テイクアウトだと8%になります。一方、シンガポールでは飲食か持ち帰りかに関わらず、消費税は一律9%です。さらに、店内飲食のレストランは、請求額にサービス料10%を上乗せすることができ、多くの店がこのサービス料を請求しています。
消費税9%とサービス料10%を加えると、Sun with Moonのわらび餅は合計で約9.28シンガポールドルになります。別のテイクアウト店、一〇八抹茶茶廊のわらび餅は、WARABIMOCHI-KAMAKURAのほぼ2倍の値段ですが、こちらは2人以上で分けて食べることを想定されています。
近所の店で売られているムアチーや、ドン・キホーテのわらびもちに比べると、WARABIMOCHI-KAMAKURAの商品は割高ですが、市場の他の競合と比べると消費者が受け入れやすい価格帯です。
鎌倉わらびもちは、高品質な商品を適正な価格で提供しましたが、すでに色々な選択肢があるなかで消費者は買ってくれるのでしょうか?結果的に、新しいわらびもちドリンクという独自の商品で、ターゲットの消費者をうまく惹きつけることができました。
鎌倉わらびもちのターゲット消費者
メインターゲットは、プレミアム商品に対して多少の追加料金を払っても良いと考え、持ち帰り購入を好む消費者です。シンガポールにおける同ブランドの最初の4店舗はテイクアウト専門で、いずれもショッピングモール内に出店しました。これは、シンガポールでは歩きながら飲食する文化が受け入れられているためです。
特に、鎌倉わらびもちはテイクアウトドリンクを好む層を狙っており、この層は主に高校生や大学生、オフィスワーカーが中心です。テイクアウトのコーヒーや紅茶、さらにタピオカや抹茶のようなプレミアムドリンクは、昼休みなどに購入され、オフィスや学校で楽しむケースが多く見られます。
教育機関の方針にもよりますが、学生は学校周辺の店舗で授業の合間に購入したり、授業後にわざわざ買いに出かけたりすることも。このような行動は、日中のカフェイン補給や、仕事や勉強の合間の「ちょっとしたご褒美文化」と呼ばれる現象の一例でもあります。
鎌倉わらびもちのテイクアウトドリンクとしての販売スタイルは、多忙なライフスタイルの消費者にマッチしていただけでなく、サービス料と消費税(合計19%)を支払わずに済むというメリットも提供しました。
一方で、抹茶やタピオカティーなどのテイクアウトドリンクという一大市場と競合したわけですが、主力商品に「わらびもち」を据えることで、他店とは異なる存在感を放ち、見事にブレイクしたのです。
現地市場を的確に捉えたブランドの立ち位置や消費者へ価値提案が、競争の激しいシンガポールの飲食業界でも新しいブランドが消費者に受け入れられる可能性を示しています。
わらびもちは以前からシンガポールでも見かけることはありましたが、「わらびもちドリンク」は新しさのなかにどこか親しみを感じさせる存在でした。日本のもちに親しみのある人々や、タピオカドリンクが好きな層にとって、その融合が新鮮に映ったのです。抹茶などの日本らしい味と、もちの食感が合わさったことで、消費者の興味を引くことに成功しました。
ターゲット層に届ける工夫
現地に合わせたブランディング戦略
ターゲットとなる消費者像を把握したうえで、鎌倉わらびもちはどのようにブランドをローカライズし、現地の人々の関心を引いたのでしょうか?そのなかでも特に象徴的だったのが、ブランド名を変更したことです。
以下はそれぞれ、シンガポールと日本におけるブランド名とロゴです。
シンガポールのロゴ

ブランド名を変えたことで、日本語に不慣れなシンガポールの人たちでも読みやすく、発音しやすくしています。また、「わらびもち」がブランド名に含まれていることで、何のお店なのかがすぐに伝わり、口コミやブランドの印象づけにも効果的でした。
さらに、「わらびもち」をブランド名の最初に置いたことで、専門店としての存在感が強まり、消費者にとってわかりやすいポジショニングと独自の価値をアピールしているのです。
一方で、ブランドの軸となる「鎌倉時代からの伝統」もしっかりと残されています。「鎌倉」という言葉を日本語と英語で記すことで、静かにその背景や物語性を伝えています。
注目すべき点として、日本で使われていた名前のすべてがシンガポール版に引き継がれたわけではありません。「甘味処」という言葉は英語にうまく訳すことができず、シンガポールの文化にもなじみにくいため、名前から外されました。ただし、その結果として、ブランド名はシンガポール市場において特に重要な要素に絞って訴求できるようになっています。
このように、鎌倉わらびもちはシンガポールの消費者ニーズを丁寧に汲み取り、それをブランドの見せ方にしっかり活かしているのです。
インパクトのある顧客志向のマーケティング
ターゲット層が学生や働く社会人であることをふまえ、鎌倉わらびもちはInstagramを活用し、その層に響くような顧客目線のマーケティングを展開しました。ブランドのローンチ戦略、消費者との関係性の築き方、他ブランドやイベントとのコラボレーションという三つの側面から、どのように消費者に影響を与えているかを見ていきましょう。
グランドオープンでは、Instagramでよく使われる手法を取り入れました。ブランドの情報を小出しにしながら、3週間かけて商品を段階的に紹介していき、関心を高めていったのです。
鎌倉わらびもちシンガポール店のインスタグラム初投稿
グランドオープンの3日前には、「1つ買うともう1つ無料」という開店記念の特別キャンペーンを発表し、その後、地元のインフルエンサーやクリエイターによる投稿が続いています。このやり方は、消費者にブランドの魅力をしっかり伝え、興味を引きつけるのにとても効果的でした。結果として、最初のお店がオープンしたときには長蛇の列ができ、話題をさらに大きくしました。
その後にオープンした店舗でも同じような戦略をとっています。新店舗の場所やその店でしか味わえない特別なドリンクを、開店約1週間前に少しだけ紹介し、開店の詳しい情報やキャンペーンを発表して注目を集めたのです。
また、普段から応援してくれるお客様に感謝の気持ちを伝えつつ、要望に応じてキャンペーン内容を柔軟に変えることで、信頼関係やファンをしっかり築いています。
お客様への感謝として配られた鎌倉わらびもちの日本の扇子プレゼント
キャッチコピー:「このデザインは、私たちの大切なお客様への心からの感謝の気持ちを表しています」。
このようなキャンペーンから、鎌倉わらびもちが顧客の声にしっかり耳を傾け、大切にしていることが伝わりました。こうした対応はインスタグラムでの良い反応を呼び、ブランドのSNSの成長と継続に役立つだけでなく、実店舗での売上にもつながっています。
また、2024年10月からは、顧客以外の層にもブランドの魅力を広げるために、他のブランドやイベントとのコラボも積極的に行っています。たとえば、2025年2月には地元の職人チョコレート店「Mr Bucket Chocolaterie」と協力し、バレンタインデーに合わせてわらびもちのチョコレートボンボンを発売しました。
鎌倉わらびもち×Mr Bucket Chocolaterie
また、2025年には鎌倉わらびもちが、Culture CartelやBoutique Fairs Singaporeなどのプレミアムなライフスタイルイベントで、抹茶ストロベリーわらびもちドリンクの限定販売を開始しました。このドリンクは、2025年4月時点で注目されているニッチなストロベリー抹茶ドリンクの流行に応えた商品と考えられます。
こうしたブランドやイベントとの価値観に合ったコラボレーションは、鎌倉わらびもちが既存の顧客との関係を深めるだけでなく、まだ購入したことのない新たな消費者を引きつけるのにも効果的です。
また、チョコレートが2月限定、ドリンクがイベント限定で提供されるなどの希少性が「欲しい」という気持ちを高めています。これは、ファッションブランド発祥の「ドロップカルチャー」と似ており、特に鎌倉わらびもちが狙うZ世代やミレニアル世代などの若年層に効果的です。
鎌倉わらびもちの顧客志向のマーケティング戦略は、消費者がブランドに親しみを感じ、長くリピートしてもらうことで、ブランドの成功を支えています。
飽和状態にあるシンガポールの飲食市場
【要点】
・効果的なマーケティング戦略を立てるには、地域の文化や消費者の特徴を理解していることが欠かせない。さらに、その知識を活かして、ブランドが消費者のニーズにきちんと応えていることを納得してもらう必要がある。
・どの競合と差別化するかを慎重に選ぶことも重要。それによって、自社ブランドが市場でどのような立ち位置をとるのか、そして消費者にとってどんな価値を提供できるのかが決まる。
シンガポールの飲食業界はとても活気があり、消費者も新しいものに積極的に挑戦します。しかし、同時に競争も非常に激しい市場です。
たとえば、鎌倉わらびもちがシンガポールに入る前から、日本茶はすでに人気がありました。地元のカフェやコーヒーショップ、さらには中国発のタピオカティーブランドなどがその需要を満たしていました。
抹茶やほうじ茶は世界的に知られるようになり、消費者も増えていますが、それに伴い販売店も増加しています。そのため、単に「日本産」というだけでは消費者の心を掴むことは難しくなっています。今は、消費者が自分のニーズに合い、生活スタイルにフィットするかどうかを重視しているのです。
飲食店の閉店数は、パンデミック前よりも増えています。2024年の最初の9か月間では、月平均200店舗が閉店しており、パンデミックの2020年の170店舗よりも多い状況です(コンサルティング会社ナイトフランクのEthan Hsu氏、Business Timesより)。
シンガポールの会計・企業規制庁(CNA)によると、2024年には飲食店の閉店が3,047件、開店が3,791件ありました。閉店が多い理由の一つは、パンデミック時に政府の支援で多くの飲食店が開業したためです。(CNA)。しかし、高い賃料や運営コストもあり、シンガポールの飲食業界は厳しい競争環境にあることがわかります。
一方で、日本食の店舗は毎年増加しており、日本料理への需要が根強いことがわかります。ただし、激しい競争のなかで成功を続けるには、鎌倉わらびもちのように現地の消費者に響くブランドづくりや、顧客の声を反映したマーケティングでリピーターを増やすことが重要です。
マーケティングはブランドの海外展開戦略の一部に過ぎませんが、これをしっかり行うことが成功の鍵となります。現地の文化やニーズに合った方法でターゲットに届くマーケティングは、新しい市場でのブランドの土台づくりに役立ちます。
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